貴方が、自分自身で悩み、迷い、そして選んだその道で
どうかいつまでも笑っていられますように。












以前から行儀見習いとして奉公に出ていた新撰組屯所、西本願寺で、斎藤さん、そして平助くんが御稜衛士として離隊した事を原田さんから聞かされたのは、彼らが離隊してから一ヶ月程たってからの事だった。境内から見える空は黄昏に染まっていた。



「え.......」
「すまなかったな、教えてやるのが大分遅くなっちまってよ」
「離隊というのは...新撰組と、....敵、対する....と言うこと、ですか?」
「.....いや、今はまだ、そこまで極端な話ではねぇけどよ。一応、近藤さんと伊東さんが友好的に和解した上での決断だったみてぇだからな」
「今はまだ、ですか.....」

その言葉に、少しだけ俯いて困った様に原田さんは嘆息する。そして静かに顔をあげて言葉を選びながら私に1つだけ質問を投げかけた。

「.....、お前も、平助に何も聞いてなかったのか」
「.....はい、....何も、聞いて....なかったです」
「....そう、か」

お前も、と言うのなら、それはきっと原田さん達ですら平助君自身からから何も聞かされていなかったのだと言葉を読み取る。

「みなさんは、それで良かったのですか?本当に」
「まあ、俺らが良いとか、悪いとか。そう簡単に決めれるもんでもねぇし。斎藤も....それから平助も、自分で考え抜いて出した結論だ。....しかたねぇよ。お前も、あんまり考え込むんじゃねぞ」

そう言って優しく、そしていつになく寂しげに原田さんは微笑んだ。 
彼も、納得はしていないのだろう。きっと仕方ない、と自分に言い聞かせることで納得しようとしているのだ。
ただの奉公人の私に此処まで話をする義理などもちろんない。それをきちんと教えてくださったことでさえ十分に有難かったのに、その上、気遣ってまでくれる彼の人間味の暖かさに、少しだけ救われたような気がした。

「そうですか。.....教えてくださってありがとうございました」

そう言ってにっこりと微笑む。
そうすることしか私には出来ないし、それ以上の事を問いた出す、そんな資格もなければ、そんな立場ではないのだから。

「寂しくなったらいつでも言ってこいよ。俺はずっと此処にいるし、いつだってお前を慰めてやるからな」
「え!?あ、はい!お気持ちだけで十分です!....ありがとうございます」
「おい、左之。お前何堂々とちゃんをこんな真昼間から口説いてやがる」

私達のやり取りを何処で聞いていたのか、私の背後から永倉さんも会話に加わる。

「新八、口説いてなんかねえよ。 俺は純粋にだなあ」
「はいはい、わかってるって.....ほんとおめぇは」
「あー、なんだよ、お前。信じてねぇな」
「大体、おまえはよ、いつもだな」

いつものようにじゃれ合う2人の姿を見て、自然に笑みが零れる。
そしていつもならここにい彼がいて。
平助君がもう本当に此処にはいないのだという事実を、わたしはただ、受け止めるしかないのだ。






「尊王攘夷とか佐幕とか・・・誰が正しいとか、正しくないとか。・・・やってみないとわからないと思う。」






良く晴れた春の空を見上げる、悲しげな彼の横顔が忘れられない。
彼らが上洛してからずっと、1番近くで平助君を見てきたつもりだった。勿論、隊士のみなさんとわたしの立場は違ったけれど、彼の弱さも、迷いも、そして強さも、すべてが愛おしかった。受け止めたかった。
だけど、わたしは結局、彼にさよならすら言って貰えなかったのだ。















その日は、良く晴れていた。
原田さんから、平助君と、斎藤さんの新撰組離隊の話を聞いた時には、まだ二分咲き程度だった桜が、既に満開になっていた。
「気晴らしにでも」と提案してくださった原田さんに指定された茶屋の縁側で満開の桜を見上げる。ここの河川敷に咲く桜並木はとても見事で、毎年この時期になると決まって原田さん、永倉さん、時には沖田さんや、斎藤さん、そして平助君と何度も足を運んだ。


「あー!新八っつぁん!それ俺の団子だっつーの!」
「なーにケチ癖ぇこと言ってやがんだ!平助!そんな器の小せぇ事言ってやがるから、てめぇは体も小せぇんだよ。団子の1本や2本くらいケチケチすんじゃねぇ!」
「はぁ!?体が小せぇとか関係ねーじゃん!大体、俺、育ち盛りなんだからこれから大きくなるかもしんねーだろーが!」
「いいじゃない、平助。だってここ、新八さんの奢り、でしょ?」
「は!?ばっ!!....何言ってやがんだ総司!?いつ俺がそんな話したよ!?」
「だって、桜見ながら団子食べに行こうって、提案したのは新八さんでしょ?それって御馳走してくれるって意味じゃないの?」
「おおー!まじかよ、新八。お前太っ腹だなぁ、わりぃな」
「さっすが新八っつぁん!体がでかい男は器もでかい!ってな!」
「左之...平助....お前らまで。....あー!もう!わかったよ!団子くらい!いくらでも食え!好きなだけ食え!」
「やったー!」
「......は食べないのか?」
「え、あ....、斎藤さん。でもいいんでしょうか?本当に」
「構わん。新八の奢りだ。好きなだけ食べればいい」
「.....てめえ、斎藤」


想い出を反芻する。たった1年程前なのに、酷く懐かしい。桜の花弁が風に舞って頬に触れたのが何故かとても切なくて。もう2度とあんな時間は戻らない。原田さんを待ちながらぼんやりと、そんな事を考えていた。

逢いたい。
と、視線を桜から落としたと同時に、在りえない人物が目の前に立っているのに気が付いた。わたしが彼に気付く前に、既に彼もわたしに気付いていたのか、固まった表情をしていた様に見えたが、すぐに困った様に片手で頭を掻きながら静かに微笑んだ。

「.....平助、君」
「......



店の縁側に二人で並んで腰を掛ける。新撰組隊士と、御稜衛士の接触は固く禁じられている為、彼はわたしに話しかける事を、始めは少し戸惑っていたようだが、そもそも隊士ではなく、わたしは、只の女中である。別に御稜衛士の誰と話そうが、罰せられる事などある筈がないのだ、と、笑って言うと、「どんな屁理屈だよ」と笑いながらも安堵した様子を見せてくれた。


「俺さ、ずっと迷ってたんだ。離隊する時に、お前に話すのか、どうするのか」
「え.....」

突然、確信をつくような彼の言葉に、どくんと自分の心臓の音がなるのがはっきりと分かった。

「新撰組はさ、俺にとって家族そのもので。みんなを今だって信頼してるし、尊敬もしてる」
「うん.....」
「だけどさ、この国のこの先の事を考えると、どっかで迷っている自分がずっといて。このままでいいのかって。・・・どんなに考えても答えなんて出なかったんだ」

そう言って桜を見上げる彼の横顔は、以前見た悲しげなものと同じだった。

「本当は、ずっと、みんなと、お前と一緒にいたかった。でも、きっとそのままだったら、ずっと同じ事でいつまでも悩んで、迷う自分がいてさ。....みんなそれぞれ自分の信念があって、あの場所にいるのに、こんな迷いを持ってる自分が、あのままあそこにいたら、きっと自分の事も、そしていつか、そんな大事な仲間達とも駄目になっちまう気がしてさ」
「うん.....」
「だけど、どうしても。お前にだけは伝えらなかった。....言ったらお前が悲しむと思ったから.....卑怯かもしれないけど、俺、お前が悲しむ姿だけは見たくなかったんだ」
「.....平助君」
「だけど、ずっと後悔してた。お前の事大切だったからこそ、きちんと言うべきじゃなかったのかなって」
「もう....もう、いいよ。こうやって逢えたんだから。逢って話せたんだから」

横に並んだ彼の右手に、自分の左手を重ねる。彼が悲しげに眉を潜めて小さく口を開く。

「今更、こんな事言うのは卑怯かもしてねえんだけど.....俺、の事が、ずっと好きだったよ」

いつになく真剣な眼差しでこちらを見据えて話す言葉に私は小さく息を飲む。
心臓の音が聞こえる。
だけど。

「出来るなら、ずっと傍にいたかった。俺がこの先、お前の事ずっと守ってやりたかった」

言葉を1つ1つ繋ぐように、ゆっくりと話す。重なった手は優しく握り返されていた。

「――だけど」
「ありがとう....もう、いいよ」
「―――ごめん」
「....いいの、本当に。...こうやって平助君の口からちゃんと、想いが聞けて良かった」
「....でも、誰かの隣にいるお前の幸せも、今はまだ素直に望んでやれないんだ。最悪だよな、俺」
「......貴方に、出逢えてよかった。」
......」

握り絞められた手をそのまま曳かれて、彼の胸に引き寄せらた。肩に回された手に力が入るのに心地よさを感じて、涙が零れ落ちた。耳元で、何度も「ごめん」と呟く彼の背中に腕を回す。



付き放す事も、受け入れることも最後までしない貴方は誰よりも残酷だ。
それでも、それでも今は貴方と一緒に桜がみたい。 





20120517


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