そのてはやさしかった


祭囃子の音がする。8月の終わり、まだ蝉は力いっぱい詠い、いつもなら薄暗い神社の通りに、今日は色とりどりの提灯やライトが咲き色々人達で賑わいをみせる。
あたしはいつもは下ろして軽く毛先だけ巻いている肩まで伸びた髪を、不器用ながら編みこんでお団子にして簪をつけて、2年前に買ってもらいまだ2,3度しか着たことのない紺地に菖蒲柄の着なれない浴衣をお母さんにねだって着せてもらった。
たった1人の人だけに見せたくて。
赤也は薄い黄色の英語のロゴの入ったTシャツに少しやぶれたデニム姿でいつもと違う私服姿に私のほうが少しだけドキリと胸が鳴った。

「あたしリンゴ飴が食べたい」
「あー?あれは砂糖の塊だぞ。あほ」
「ちーがいます!リンゴなんです!あれは!あー、もう、足痛いー!」
「だー!もうっ!めんどくせぇな!お前は!」




昨日、メールで送った「明日神社のお祭り一緒にいかない?」のたった一行に精一杯の勇気込めた。赤也はめんどくさそうにため息をついて頭をぼりぼり掻いたその手を、少しだけ迷って照れくさそうに、あたしに差し伸べた。

「手繋ぐの?」
「嫌ならいーよ」
「誰かに見られちゃうよ?」
「だから、嫌ならいいって!」
「嫌じゃない」

顔を左右に振って、赤也の手を取った。
やさしくて、あったかくて、強いて。



ねぇ、
期待しちゃうよ、こんなの。



「あ、赤也!金魚すくいだって!あれやろー!」
「俺に金魚すくいやらせたら、ちょっとすげーよ!?お前の両手には10分後金魚の袋が10個は並ぶ!」
「やー!そんなにいらないし!」

あはは、と声を出して笑い合って、いつものあたし達みたいにじゃれあう。学校のクラスメートのあたし達は、いつまでたっても友達以上にはなれなくて。


半年前、あたしは赤也に勇気を振り絞って告白をした。もうこんなに心臓がバクバクすることなんてこの先ないんじゃないかっていうくらい、足はがくがく震えていろんな所から汗をかいた。
しかしそんなあたしの精いっぱいの決死の告白は、あたしの事を友達以上には見れないという赤也の返事に一瞬にして砕け散る事になる。
もう2度と赤也とあんな風に笑ったり、ふざけあったりする事なんてないんだってその日の夜は朝まで泣きじゃくった。
しかし、一晩中泣きはらしてパンパンに腫れた目で登校をした、そんなあたしに、赤也はまるで昨日の告白など何事もなかったかのように話しかけてきた。そんな彼の態度に、あたしはひどく拍子抜けすることになった。 


手を、繋いだりすんのは友達以上じゃないのか。
今日だって、人がどんな気持ちで、浴衣着てきたと思ってんだよ。
1分、1秒でも一緒にいる時間を共有したくて、長い夏休みに気がおかしくなりそうなくらい赤也に逢いたくて、夏休みに入る前からこのメールをこの日に送ろうと決めて、今日とゆう日をどんなに待ち望んで、昨日どんな気持ちでメールを打ったかなんて、君は知るわけもないんでしょう。

「?たこ焼き食わんの?」
「え?あ、食うし!」
「ラス1貰い!」
「あー!やだっ!ばか!!」

神社の階段に座って、2人でたこ焼きを食べて、また下らない話で笑った。こんな時間がずっと続けばいい。馬鹿みたいかもしれないけど本気で願ってしまう。食べ終わったたこ焼きのお皿をごみ箱に捨てると引き続き繋がれた手にじんわりと汗が滲む。射的の音や、周りの雑踏に、きっとあたしのドキドキはかき消されているから大丈夫。



ねぇ、赤也。
あたしまだこんなにも赤也が好きだよ。



「あ、赤也だ」

聞いたことある声に、びくっと反応した。赤也の顔が一瞬凍りついた気がして、ゆっくりと顔をあげる。繋いだ手は、その瞬間解かれた。

(あ、なんか......)

「おー、何?赤也も来とったん?」

その声の主たちはあたしも何度か、逢った事も何度か言葉も交わしたこともある見覚えのある顔ぶれだった。

「あー、ちわっす。ブン太先輩に、仁王先輩」

と、その横にいるキレイな女の人。その人は、仁王先輩と手を繋いでいた。
ブン太先輩が赤色の水風船を赤也に軽く投げて、それを両手でキャッチする。

(その手は、さっきまであたしの手と繋いでたのに)

「彼女?おまえら付き合ったん?やるやん、赤也」
「違いますー」
「相変わらずちゃんかわいー!このあと俺とどっか行かない?」
「ブン太先輩、そんなんだから、いつまでも仁王先輩カップルのオマケみたいになってるんすよ。」
「....てめぇ」

あはは、と大きな声で笑う、緑と黒の浴衣姿のその女の人は、テニス部のマネージャーで「赤也も言うようになったもんねー!」と笑う。それは赤也の好きな人。

「仁王先輩たち相変わらず仲いいすよね。ブン太先輩邪魔じゃないの?」
「だから、てめー!いいんだよ!俺は!特別なんだよぃ!」
「俺だっていつも丸井なんか誘わんでええ言うのに」
「だってブン太誘わなきゃ、後でうるさいんだもん」
「あー!ひでー!お前までそんな事言う!?いいだろうー、別にぃ!」
「はよ、お前も彼女つくりんしゃい」
「あ、いいね!ダブルデートしようよ。そんで赤也とちゃんも一緒に遊ぼう」
「でも、ブン太先輩に確かに色恋沙汰とか全然想像できねー!」

あはは、と声を上げながら笑うその4人の会話にあたしはただただ作り笑いをして時間が過ぎるのを待つしかなかった。 泣きたかった。でもそんな事出来るわけない。


(なんか、あたし傷ついてるかも.....)


帰り道、神社の階段を降りるたびに下駄の音がカラン、コロン鳴って、あたし達は手を繋がなかった。

「おい、なんか怒ってんの?
「別にー。怒ってなんかないよ」
「ほらー金魚やるから」
「いらない」
「なんで怒ってんだよー?」
「怒ってないってば!」

赤也が差し伸べた手を思わず振り払って、同時にしまった、と思った。赤也は流石にムッとした表情を見せて、小さく溜息をついてその場にしゃがみこんだ。

「わっけわかんねー」

あたし、今きっとものすごいみっともない。羞恥心で顔が赤くなる。でも訳わかんなくなんかないよ。

「だって、赤也は」

言い出したらきっと止まんない。でも言わずにはいれなかった。

「赤也は、あのマネージャーが好きなんでしょ!?なんで笑ってられんの?」

赤也の顔が凍りついた。でも止められない。

「ヘラヘラ笑って、馬鹿みたい!なんで取らないの?言わないの?そんなん赤也じゃないよ!」

赤也の眉間に皺が寄って、てっきり言い返されると思っていたあたしは、次の瞬間切り詰めていたものが、一気に溢れ出した。ぼろぼろと零れる涙を抑えられなくて両手でこみ上げるものを必死に止めようとする。でも止まらない。

「しょーがねぇよ。俺、あの人達が好きなんだ。幸せそうに笑ってんのに俺が割って入ってまで、俺んトコ来いなんて言えないし、気持ち伝えたらあの人が困ることもわかってる。.....そんなんいえる訳ねぇじゃん」

ひゅー、どーん、と花火の音が鳴った。
わぁ、っと周りの歓声が木霊して、パラパラと花火の散る音が舞う。

「馬鹿、ばっかじゃないの?」
「もー、いーんだよ。俺は、あの人が笑ってればそれでいいの!」
「いいわけ....いいわけな....」
「ばっ!なんでお前が泣くの!?」


赤也の想いは本物で、あたしはそれに嫉妬して、何も出来なくて、だからって赤也の想いを受け止めることも諦めることも出来なくてただ1人で空回りをしている。
1番子供で自己中心的に自分の事しか考えられていないのは、あたしだ。

「.....赤也、最高にいい奴じゃん」

あふれ出す涙が止まらなくて、あたしが今言える精一杯の告白に、赤也はただ黙って聞いていた。
花火の音が何度も、何度も夜空に鳴いて、あたしは今きっと世界で1番かっこ悪くて、みっともない。


(あたしは、赤也が世界で1番だいすきだよ)


どさくさに紛れて、声に出して言ったらこの想いは楽になるのだろうか。
赤也が困った顔をして、再び手を差し伸べた手を、みつめながらその手をとることしかできない。
そんなに優しくしないで。
声にならない叫びを飲み込み、きっとこの先も暫く断ち切る事なんてできる筈のないこの想いを胸にしまうことしか今はまだ出来そうもない。
花火の匂い、夏の夜に酔う。下駄の音がカランと鳴った。

















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